2008年6月28日土曜日

フランネルケーキ

 私が初めて「フランネルケーキ」なるものを食べたのは、夫と一緒に地元の遊園地に行った時のことだった。屋台を見つけた夫が、「遊園地でしか食べられない物を、食べさせてあげる」と言って、なにやら紙皿に載った茶色い物体を運んでくる。
「これはフランネルケーキというんだよ。アメリカ人は、これが大好きなのさ。」
と、またまた子供のようなはしゃぎようである。たぶん、ホットケーキのドウのようなものを絞り出して丸く型取り、それを油で揚げたのであろう。アメリカの素朴なドーナツのような味がした。

 このフランネルケーキは、例えば私たち日本人が、綿菓子で夏祭りを思い浮かべるように、アメリカでは遊園地の代名詞のようで、子供の頃の思い出など、ずいぶんとセンチメンタルなイメージを醸し出すようだ。先日見た「遊園地の食事」というテレビ番組でも、このフランネルケーキが登場していた。確かに、普通の町中では、あまりお目見えしない。サンフランシスコのピア39に行った時、閉店間際の売店で、夫がまたしても注文したのを食べたのが、私にとっての第2回目であった。ピア39は、サンフランシスコの有名な観光地で、売店の前には大きなメリーゴーランドがあったから、これも遊園地の一つに数えていいのかもしれない。やはり、フランネルケーキは、遊園地で食べるお菓子なのだ。その特定された環境が、郷愁にも近い思い入れを引き出すのだろう。私の中でも、あの揚げたての温かい感覚が、暑い夏、赤く日に焼けた肌と、家族連れで賑わう遊園地の木陰で休んだ思い出と共に蘇ってくる。

2008年6月20日金曜日

タコベル

 今日は珍しく、一人で会社の近くにあるファーストフードレストラン「タコベル」に行った。タコベルは、メキシコ料理の代表「タコス」を中心に販売する、アメリカにはどこにでもあるファーストフードレストランだ。もちろん、本物のメキシコのタコスとは、きっと違うのだろうが、これはこれで大変おいしい。本当は夫と一緒に行きたかったのだが、正午過ぎに電話したところ、「眠い」の一言で、今日のランチデートは成立しなかった。会社の外に出ると、先週と同じく同僚たちが、駐車場のピクニックテーブルで食事をしている。彼女たちは毎週木曜日、一緒にランチを外で取る約束でもしているのだろうか。
「また、ランチデート?」
と、同僚の一人が私をからかう。
「ノー。今日は、私だけ。彼はまだ寝てるわ。」
私は、軽やかに答えた。

 店のドアを開けると、急に冷たい空気が肌を刺す。ここの店はいつも、クーラーが効き過ぎている。予想していたことなので、持参していた上着を羽織った。
「何になさいますか?」
しばらく迷った後、「クランチーラップスプリーム」と「タコス」とドリンクがセットになったコンボを注文した。巨大なドリンク用カップをレジ係から受け取り、注文した食事の出来上がりを待つ間、カウンター横にあるドリンク給水機から、ダイエットペプシを注ぐ。アメリカのファーストフードレストランでは、ドリンクを自分で注ぐことができて、何杯でもお代わりオーケーだ。大抵の人は食事をした後、ドリンクを注ぎ足してから、レストランを去る。

 私のトレーを受け取ってから、窓際の一番隅の席に座った。クランチーラップスプリームの包みを開けて、中から八角形に折られたトルティーラを引っ張り出す。小麦粉で作られたクレープのように薄いトルティーラの中に、タコスソース味の牛ひき肉とスライスされたれたレタスが、スパイシーな液状チーズと、サワークリームをベースにしたソースに混ざり合っている。この具を包んでいるラップには、柔らかいトルティーラに歯応えを加えるためか、「ハードシェル」と呼ばれるとうもろこし粉で作られたタコスの「受け皿」にあたる物が、重ねられている。小麦粉のトルティーラと、とうもろこし粉のハードシェルは、噛み応えといい、味といい、抜群のコンビネーションだ。このラップに、ヨーグルトのようなサワークリームのまろやかさと、温かくスパイシーなチーズが良く合う。この商品開発に携わった人は、ファーストフードをこよなく愛するアメリカ人の食嗜好を良く理解した人だと思う。

 顔の大きさ程もあるクランチーラップスプリームを、私は端からほぐほぐと食べ出した。途中、サワークリームや液状チーズが、とろりと溢れ出すことがある。ナプキンで何度も口元を拭きながら、小さく、なるべく上品に食べるよう努力した。ふと周りを見渡すと、近くの銀行に勤めている人達だろうか、身分証明のカードを首からぶら下げている会社勤め風の人が多い。こういう場所に来ると、自分も会社勤めをしているんだなと思う。翻訳という仕事柄、自分一人で黙々とコンピュータに向かうことが多い私は、自分をOLだとは思わない。事務職でなければOLと呼ばないのかもしれないが、毎日会社のオフィスで仕事をしている以上、会社勤めであることには違いない。見知らぬサラリーマン達を見ることは、自分の立場を違った目で見られる良い機会であると思った。職場を抜け出して昼食を取る人々は、プライベートな空間に居ながらも、働く者の顔をしている。私はこういった空気が好きだ。サラリーマン姿でファーストフードのタコスを食べる。なかなか、現代的アメリカである。

 私が思うに、タコスを馬鹿にすることは、日本文化である寿司やおにぎりを冒涜するようなものである。ファーストフードといえども、タコスには色々な種類があり、野菜もそれなりに入っている。肉が主流になっているハンバーガーとはかなり違い、味も軽いものが多い。タコベルの良い点は、値段がハンバーガーより安いことだ。私が今日注文したコンボは、クランチーラップスプリーム、タコスとドリンクで、4ドル以下だった。今時、4ドル以下でハンバーガーをセットで食べることはできない。

 セットでくっ付いてきたタコスを家で食べることにし、私は長居することなく席を立った。使ったナプキンをゴミ箱に捨て、ドリンク用カップをダイエットペプシでいっぱいに満たし、明るい日差しが眩しい大通りに向かった。さて、午後の仕事が待っている。私も働く者の顔を取り戻し、現実の世界に戻っていった。

2008年6月16日月曜日

ケトルポップコーン

 アメリカ第一の大衆娯楽と言えば、映画である。映画を見るのは、なにも映画館だけではない。私の夫は、「ブロックバスター」というビデオ屋の宅配システムの会員で、月々17ドルの使用料で一度に最高3つの映画が自宅に郵送される。見終わったら近くのブロックバスターに行き、お店のDVDと交換するか、切手無用の返信用封筒で郵送すれば、インターネットで予約しておいた映画が次々と送られる。だから我が家には、映画のDVDが常にある。たぶん私たちが見る映画の数は、アメリカ国民の平均をかなり上回っているであろう。映画評論家にも負けないほど、有名な映画ならほとんど見ている。

 この自宅での「ムービーナイト」に欠かせないのが、ポップコーンだ。アメリカ人はなぜか、映画を見る時必ずポップコーンを食べる。とうもろこしはアメリカ原産だから、ポップコーンの消費量もアメリカでは多いのだろうか。世界で初めてポップコーンを食べた人は、ネイティブアメリカンだったと、どこかで読んだことがある。

 ポップコーンにも色々な種類がある。その中で私たち夫婦が一番気に入っているのが、「ケトルポップコーン」である。作り方が一般のポップコーンと違うのかどうかは良く分からないが、確かに味が違う。甘いのである。甘いと言っても、キャラメルのような人工的な甘さではなく、とうもろこし本来の香りがする甘さなのである。そしてどこかに「塩」も感じる。スイカに塩をつけると甘さが引き立つのと同じように、この微妙な塩加減がおいしさの秘訣なのかもしれない。ちなみに「ケトル」とは、「釜」とか「やかん」といった意味である。とすると、釜を使って製造してあるのだろうか。

 ファーマーズマーケットで、このケトルポップコーンを売っているのを見たことがある。とうもろこしの甘い香りが、なんとも言えず良いのである。しかし庶民派の私は、電子レンジで加熱するだけでできてしまうパッケージに入っている物を、いつも食べている。キッチンの棚からプラスチックの袋に包まれた紙製のパッケージを取り出し、電子レンジに入れる。我が家の電子レンジには「ポップコーン用」というボタンがあり、それを押すと完璧に仕上がったポップコーンが出来上がる。昨夜バスルームにいた私は、キッチンの棚を空ける音を聞いただけで、夫がポップコーンを作りだしたのが分かった。ほとんど野生化した妻としての私の直感は、かなり的確に夫の行動を読むことができる。

 私たち夫婦は、よくミュージカルのように歌を歌いながら会話をする。普段の会話に節を付けているだけなのだが、まあ周りから見れば、ばかげて見えるかもしれない。しかし、他人がどう思おうが、私たち本人は、それで幸せなのである。ある日、ケトルポップコーンを作っている夫に向かって、私は「ケトルポップコーンが食べられる喜び」を表すため、以下のような歌を歌いだした。

Yummy-yummy popcorn
Yummy-yummy popcorn
Yummy-yummy popcorn
Yummy-Yummy

音楽家でない私は、この歌を楽譜に表わすことはできないが、とにかく上のような歌詞を節をつけて歌ったのである。ちなみに"yummy"とは、「おいしい」ということ。この日から、「ケトルポップコーン」は我が家では、「ヤミヤミ・ポップコーン」と呼ばれるようになった。

2008年6月13日金曜日

オニオンリング

 会社の駐車場にあるピクニックテーブルで昼食を取っている同僚の隣に座り、私を迎えに来るはずの夫を待つことにした。真っ黒い雲が見えるのに太陽の光が強く、ムシムシする天気だった。同じ部署の同僚二人は、それぞれ自宅から持ってきたお弁当を食べていた。と言っても、ドイツ人のアンのお弁当はいつも、Lean Cuisine という、ほんの僅かな分量しか入っていないダイエットメニューの冷凍食品だ。彼女がいつもLean Cuisineを会社の冷蔵庫に保存しているのは、有名な話である。

 しばらくすると、夫がバイクと共に登場した。私のヘルメットもしっかり持参している。会社の同僚達の前で、夫のバイクの後ろに乗るのは、なんだか見せびらかしているようで恥ずかしかったが、「まあ、いいか」と思い直し、ヘルメットを被り、バイクに飛び乗った。

 「どこに行くの?」と聞けば、「ソニック」と夫は言う。ソニックは、私の会社の近くにある「ドライブイン・レストラン」で、駐車場にある注文用のスピーカーに向かって声を張り上げると、後で店員が車まで注文した食事を運んできてくれる。ローラースケートを履いた若い店員が持って来ることもあるが、ここではスニーカー履きの中年女性が、ドリンクと茶色の袋に入ったハンバーガーを持って来た。つまり、彼女達はウエイトレスである。普通は駐車した車の中で食べるのだが、私たちはバイクで来ていたので、店の前にあるテーブルで食べることにした。

 注文したオニオンリングとダイエットコーラをテーブルの上に置き、抱えていた鞄の中から、オフィスで食べる予定だったサンドイッチを取り出す。オニオンリングは、想像以上に大きかった。しっかり厚切りの玉ねぎが、揚げたての味付き衣に包まれている。私たちがよく行くバーガーキングのオニオンリングは、玉ねぎがもっと薄く、どちらかと言えば「バター」と呼ばれる衣を食べるという感があるが、ソニックのオニオンリングは、しっかり玉ねぎの存在感がある。紙袋の上に絞り出した携帯用ケチャップをつけながら、このオニオンリングを、夫と一緒に食べた。油を含んだ揚げたての玉ねぎは、プリプリした歯触りで甘い。バターの香ばしさと玉ねぎの食感が、家から持参したキャットフィッシュ入りサンドイッチに良く合った。イギリスの「フィッシュ&チップス」も、きっとこんな感じなのではないかと思った。それならイギリス人が「フィッシュ&チップス」を自慢したがるのも分かる気がする。

 外は生憎、曇り空である。車が走り抜ける目抜き通りを見ながら、サンドイッチを食べていた私の腕に、一粒雨が当たった。
「雨が降るかもしれないね。」
「早く切り上げよう。さもないと、会社の女の子達に、ずぶ濡れの姿を笑われることになるよ。」
こうして、オニオンリングを大急ぎで口に放り込み、私たちはまたバイクに乗った。

2008年6月3日火曜日

ほうれん草のディップ

 私たちのキッチンキャビネットには、缶詰や調味料のパッケージ、乾物などが、常にぎっしり詰まっている。アメリカに来たばかりの頃は、アメリカ人の家の台所に物が貯蔵されすぎているのを見て、「なんて無駄なことを」と思ったものだが、自分が実際に台所を所有し、ある程度の収入があるようになると、いつの間にかそんなアメリカ人と同じことをしているような気がする。スーパーで何か新しい調味料のパッケージを見つけると、ついつい買ってしまうのである。実際の毎日の生活では、時間がなかったり、面倒になったりと、結局いつものメニューの繰り返しになりがちなため、こういった新しい冒険調味料たちは、キッチンの棚に眠りがちなのである。

 しかし、この今まで眠っていた調味料たちが、脚光を浴びる日がやって来た。メモリアルデーの週末、夫の甥と姪がオクラホマからやって来るという。そこで私たちはキッチンのキャビネットを開け、どんな料理ができるか話し合ったのだ。夫は彼の食品会社から買った豚肉でバーベキューがしたいと言った。
「サイドディッシュは何にしようか。」
と、キャビネットをごそごそかき回していた彼は、奥の方からクノールの「ディップの素」を見つけ出した。そして、「これ、作ってよ!」と、子供のように目を輝かせながら、元気に言う。
「パンの上にディップを載せたら、おいしいよ!」
こういう時、私は夫がアメリカ人だな、と思う。日本人の男性なら、粉末のディップの素を見つけ、我に返って主張することはないと思う。それは、日本人の食生活の中に、ディップをつけて野菜やポテトチップスを食べるという習慣がないからである。普段、私が作る日本食を喜んで食べる夫を、「日本食通」と勝手に思い込んでいる自分に気付かされる瞬間である。

 このクノールのディップの素のパッケージの裏には、「ほうれん草のディップ」の作り方が書いてあった。材料を見ると、サワークリーム、マヨネーズの他に、ほうれん草、ねぎなどの野菜で作ることができる。どれも簡単に手に入るものばかりだったので、これを作ることにした。いつものように、ほうれん草を電子レンジにかけ、水で洗った後、1センチくらいの長さに切る。後は、ねぎのみじん切り、サワークリーム、マヨネーズと、粉末のディップの素を混ぜるだけである。それを「ぺネーラ」という私のお気に入りのパン屋で買った、ゴマ付きのパンとサワーブレッドの上につけた。アメリカのねぎは、日本のより小さく、味もまろやかである。このねぎとほうれん草が、サワークリームに良く合った。それにパンは、奮発してスーパーのよりはかなり高めのぺネーラのパンである。なんだかその特別さが、華やいだ気分にさせてくれた。これくらいで喜んでいるのだから、私も相当安上がりの性分である。夫の甥と姪は、雪の季節の休校を補修するため、学校に行かなければならず、結局私たちの家には来なかったのだが、おかげで料理のレパートリーが一品増えることになった。