2008年7月19日土曜日

サブウェイ

 もうそろそろ、夫に電話をしようかと思っていた頃、内線電話から臨時で受付をしているサダージオの声がした。
「2番に電話です。」
若くて元気のいい声は、普段電話を取る受付秘書よりも感じがいい。
「ありがとう。」
彼に礼を言い、すぐに外線電話の2番を押す。電話口から予想通り、夫の声が聞こえてきた。
「もう、会社まで来てるんだ。」
その言葉に、私はあわてて昼食に出かける準備をする。駐車場に出ると、既に私の部署では誰もが知っている、バイクに乗った夫の姿があった。

 昨日夫とのランチデートが成立せず、一人でタコスを食べた私は、同じファーストフードでも少し違ったサブウェイのサンドイッチが食べたいと思った。中に挟む野菜を自分で選べるサブウェイは、私のお気に入りのサンドイッチ屋である。サブウェイの売り文句は、他のファーストフードよりもカロリーが低いということだ。体重を落とすのを競い合う人気のリアリティーショー「Biggest Loser」と契約をしているらしく、番組にはよくサブウェイに行くシーンが出てくる。ヘルシーなイメージは、これからのアメリカ社会で重要になってくるだろう。

 店の前には「1フィートパンで5ドル」とのポスターがあった。1フィートといえば、30センチくらいである。二人で分けるのに丁度いい大きさかもしれないと思い、夫と半分ずつ食べることにした。1つ5ドルでも、サンドイッチを2つ注文するより安くつく。カウンターにサンドイッチの具を選ぶための写真があった。どれもおいしそうに見えるが、実を言うと「ミートボール」を作るテレビ番組を前日見たばかりで、オフィスにいた時から、ずいぶん昔に食べたサブウェイの「ミートボールサンドイッチ」を食べたいと思っていたのだった。そしてこのミートボールサンドイッチが、写真の中にある。私が口を開こうとした時、夫が「ミートボールにする?」と先手を打った。私たち夫婦も、なかなか以心伝心できるようになってきたのかもしれない。

 イタリアンブレッドの中央に切れ目を入れ、オーブンで温めてもらう。そしてパンの上に、トマトソース味のミートボールをたっぷり載せ、夫の好物のアメリカンチーズとレタス、オリーブ、ピーマンを追加してもらった。
「オリーブは多めに入れてね。」
と、夫は注文するのを怠らない。サブウェイには、大きな手作りのクッキーが売られている。ショーケースに入っているたくさんの種類から、M&Mチョコレート入りのクッキーを3枚注文した。ドリンクと小さな袋入りのポテトチップスも込みで8ドル50セントくらいだった。

 トレーをテーブルに運び、やっと人心地つく。サンドイッチの包みを開けると、半分に切ってもらったはずのパンの大きさに、ずいぶん違いがあった。一つはずいぶん大きく、もう一つはかなり小さめなのである。私と夫の身長の違いを考慮してか、それともただ単に、店員が均等にパンを切ることができないのかは分からないが、やはり夫に大きい方をあげるべきだろうと思い、小さい方を自分用として紙ナプキンに包んだ。

 ミートボールを食べるのは、久しぶりだ。大きな柔らかい肉の塊が、トマトソースに良く合う。ミートボールにオリーブを入れるのは初めてだったが、こちらの相性も良いと思った。私たちが今回選んだ具は全て、イタリア料理でよく使われるので、相性もいいのかもしれない。日本人にとってアメリカ料理といえば、ハンバーガーくらいしか思い浮かばないかもしれないが、イタリア料理などは既に食生活の中に深く浸透し、アメリカで食べられる普通の料理と言って差し支えない。実際、テレビに出演するセレブシェフの中には、イタリア系アメリカ人が多く、彼らが作る料理を、特別な海外の料理とは思わない。私たちが中華料理であるラーメンや餃子を、ほとんど日本食の感覚で食べるようなものである。だから私は、「アメリカの料理はまずい」とか、アメリカ人の食生活を馬鹿にするような日本人の発言が好きではない。日本人の食生活とは違うからといって、他国の食文化を否定する傲慢さは、島国根性の表れではないだろうか。

 その週末に行われる「ガレージセール」について、夫と話し合う。ガレージセールとは、家の前やガレージに各家庭で要らなくなった品物を売るというものであるが、私たちが住んでいる地区では、毎年6月、コミュニティーの恒例行事として、ガレージセールを行う。この週末は近所のあちらこちらで、古い家具や服などを広げて、町全体が即席の市場と変る。私たちが今の家に引っ越した最初の年は、物珍しく、夫と二人で近所一帯を散策に出かけたものだ。夫はこの年、どこかの家庭で使われなくなったビデオプレーヤーを20ドルくらいで購入した。初めは、このガレージセールを見に行きたいと話し合っていたのだが、途中から「私たちも今年はガレージセールをやってみよう」と内容が変ってきた。丁度使っていない乾燥機と洗濯機を売りたいと、先日話し合っていたばかりだったからだ。私も夫も、今までガレージセールをしたことがない。初めてのことに挑戦するのは、ずいぶん楽しそうだ。こんな話をし、また夫のバイクに乗って、オフィスまで戻った。