2008年6月20日金曜日

タコベル

 今日は珍しく、一人で会社の近くにあるファーストフードレストラン「タコベル」に行った。タコベルは、メキシコ料理の代表「タコス」を中心に販売する、アメリカにはどこにでもあるファーストフードレストランだ。もちろん、本物のメキシコのタコスとは、きっと違うのだろうが、これはこれで大変おいしい。本当は夫と一緒に行きたかったのだが、正午過ぎに電話したところ、「眠い」の一言で、今日のランチデートは成立しなかった。会社の外に出ると、先週と同じく同僚たちが、駐車場のピクニックテーブルで食事をしている。彼女たちは毎週木曜日、一緒にランチを外で取る約束でもしているのだろうか。
「また、ランチデート?」
と、同僚の一人が私をからかう。
「ノー。今日は、私だけ。彼はまだ寝てるわ。」
私は、軽やかに答えた。

 店のドアを開けると、急に冷たい空気が肌を刺す。ここの店はいつも、クーラーが効き過ぎている。予想していたことなので、持参していた上着を羽織った。
「何になさいますか?」
しばらく迷った後、「クランチーラップスプリーム」と「タコス」とドリンクがセットになったコンボを注文した。巨大なドリンク用カップをレジ係から受け取り、注文した食事の出来上がりを待つ間、カウンター横にあるドリンク給水機から、ダイエットペプシを注ぐ。アメリカのファーストフードレストランでは、ドリンクを自分で注ぐことができて、何杯でもお代わりオーケーだ。大抵の人は食事をした後、ドリンクを注ぎ足してから、レストランを去る。

 私のトレーを受け取ってから、窓際の一番隅の席に座った。クランチーラップスプリームの包みを開けて、中から八角形に折られたトルティーラを引っ張り出す。小麦粉で作られたクレープのように薄いトルティーラの中に、タコスソース味の牛ひき肉とスライスされたれたレタスが、スパイシーな液状チーズと、サワークリームをベースにしたソースに混ざり合っている。この具を包んでいるラップには、柔らかいトルティーラに歯応えを加えるためか、「ハードシェル」と呼ばれるとうもろこし粉で作られたタコスの「受け皿」にあたる物が、重ねられている。小麦粉のトルティーラと、とうもろこし粉のハードシェルは、噛み応えといい、味といい、抜群のコンビネーションだ。このラップに、ヨーグルトのようなサワークリームのまろやかさと、温かくスパイシーなチーズが良く合う。この商品開発に携わった人は、ファーストフードをこよなく愛するアメリカ人の食嗜好を良く理解した人だと思う。

 顔の大きさ程もあるクランチーラップスプリームを、私は端からほぐほぐと食べ出した。途中、サワークリームや液状チーズが、とろりと溢れ出すことがある。ナプキンで何度も口元を拭きながら、小さく、なるべく上品に食べるよう努力した。ふと周りを見渡すと、近くの銀行に勤めている人達だろうか、身分証明のカードを首からぶら下げている会社勤め風の人が多い。こういう場所に来ると、自分も会社勤めをしているんだなと思う。翻訳という仕事柄、自分一人で黙々とコンピュータに向かうことが多い私は、自分をOLだとは思わない。事務職でなければOLと呼ばないのかもしれないが、毎日会社のオフィスで仕事をしている以上、会社勤めであることには違いない。見知らぬサラリーマン達を見ることは、自分の立場を違った目で見られる良い機会であると思った。職場を抜け出して昼食を取る人々は、プライベートな空間に居ながらも、働く者の顔をしている。私はこういった空気が好きだ。サラリーマン姿でファーストフードのタコスを食べる。なかなか、現代的アメリカである。

 私が思うに、タコスを馬鹿にすることは、日本文化である寿司やおにぎりを冒涜するようなものである。ファーストフードといえども、タコスには色々な種類があり、野菜もそれなりに入っている。肉が主流になっているハンバーガーとはかなり違い、味も軽いものが多い。タコベルの良い点は、値段がハンバーガーより安いことだ。私が今日注文したコンボは、クランチーラップスプリーム、タコスとドリンクで、4ドル以下だった。今時、4ドル以下でハンバーガーをセットで食べることはできない。

 セットでくっ付いてきたタコスを家で食べることにし、私は長居することなく席を立った。使ったナプキンをゴミ箱に捨て、ドリンク用カップをダイエットペプシでいっぱいに満たし、明るい日差しが眩しい大通りに向かった。さて、午後の仕事が待っている。私も働く者の顔を取り戻し、現実の世界に戻っていった。

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